5月のある夜、私は大学4年の友人・A子から突然LINEを受け取った。
「もう無理かもしれない」
普段は冗談ばかり言う彼女からの、たった一行のメッセージ。電話をかけると、彼女は泣きながらこう言った。
「毎日説明会に行って、ESを書いて、落ちて…何がダメなのか全然わからない。やりたいことなんてないのに、志望動機を書けって言われても…もう、何もかも遅すぎた気がする」
A子は真面目だった。3月から毎日2〜3社の説明会に参加し、企業研究を重ね、ESを何枚も書いた。金融業界に絞ってからは、さらに必死になった。でも、選考が進むほど「これじゃない」という違和感が膨らんでいく。
「私、要領が悪いんだと思う。周りはもっとうまくやってるのに」
彼女の声には、焦りと絶望が混ざっていた。
なぜ「正しい努力」が裏目に出るのか
A子のような状況に陥る就活生は、決して少なくない。
彼女は間違ったことをしていなかった。説明会に参加し、ESを書き、業界を絞り、企業研究を重ねた。すべて「正しい就活の進め方」として推奨されていることだ。
でも、それがかえって彼女を追い詰めた。
ここには、就活のパラドックスが隠れている。
パラドックス①:「量をこなせば道が見える」の嘘
A子は春先、毎日2〜3社の説明会に参加した。「とにかく動けば何か見えてくる」という助言を信じて。
でも、結果はどうだったか。
企業の違いがわからなくなり、志望動機が書けなくなり、自分が何者かさえわからなくなった。
これは、心理学で言う「選択のパラドックス」そのものだ。選択肢が多すぎると、人は決断できなくなり、むしろ不満足度が高まる。就活も同じで、闇雲に数を追うほど、自分の軸が見えなくなる。
A子が「やっと気づいた」と言った5月は、決して遅くない。むしろ、彼女は量をこなしたからこそ「営業は向いていない」という重要な自己理解に辿り着いた。でも、彼女はそれを「要領が悪い」と捉えてしまった。
問題は量ではなく、「量をこなせば答えが出る」という前提そのものだった。
パラドックス②:「やりたいこと」を探すほど見つからない理由
A子は何度も言った。「やりたいことがわからない」と。
就活では「志望動機」「自己PR」「将来のビジョン」を問われる。すべて「やりたいこと」を前提にした質問だ。
でも、ちょっと待ってほしい。
22歳の大学生が、一生をかけた「やりたいこと」を持っていなければならないのか?
これは、実はとんでもない前提だ。
多くの社会人に聞いてみるといい。「新卒のとき、本当にやりたいことがあったか?」と。ほとんどの人が「そうでもなかった」と答えるだろう。むしろ、働きながら「これは面白い」「これは違う」と気づいていく。
A子が「やりたいことがない」のは、欠陥ではない。むしろ、正直で健全な自己認識だ。
問題は、「やりたいこと」がないと内定が取れないという就活システムの歪みにある。
パラドックス③:「自信を持て」と言われるほど自信を失う構造
A子は「どうやったら自信を持てるか」と尋ねた。
でも、彼女が自信を失った理由を考えてみてほしい。
- ESを書いても落ちる
- 志望動機が書けない
- やりたいことがわからない
- 営業には向いていないと気づく
- 周りと比べて「要領が悪い」と感じる
これらはすべて、「正しい就活」をした結果、生まれた感情だ。
つまり、彼女は「正しい努力」をすればするほど、自信を失っていった。
これは個人の問題ではない。就活というシステムそのものが、多くの学生から自信を奪う構造になっている。
視点転換①:「要領の悪さ」は、実は「誠実さ」だった
A子は自分を「要領が悪い」と責めた。
でも、彼女の行動を別の角度から見てみよう。
- 毎日説明会に参加した → 行動力がある
- ESを何枚も書いた → 粘り強い
- 営業が向いていないと気づいた → 自己理解が深い
- 「入りたくない企業もある」と自覚した → 自分に正直
これらは、決して「要領が悪い」わけではない。むしろ、自分と向き合い続けた結果だ。
「要領がいい」とは何だろうか。
それは、企業が求める「型」に自分を当てはめ、志望動機を”作文”し、面接で”演じる”ことかもしれない。でも、それは本当に「良いこと」なのか?
A子が「要領が悪い」と感じたのは、彼女が自分を偽ることができなかったからだ。それは、弱さではなく、誠実さだ。
視点転換②:「やりたいこと」ではなく「避けたいこと」から考える
A子は「やりたいことがわからない」と悩んだ。
でも、彼女にはすでに重要な手がかりがあった。
「営業(渉外)はやりたくない」
これは、非常に価値のある自己理解だ。
就活では「やりたいこと」を探せと言われるが、実はキャリア選択において「避けたいこと」を明確にする方が、はるかに実用的だ。
心理学者のバリー・シュワルツは、「消去法のキャリア選択」を推奨している。人は「やりたいこと」よりも「やりたくないこと」の方が明確に認識できるからだ。
A子の場合、こう考えられる。
- 営業(渉外)は向いていない → 顧客訪問や外回りの多い仕事は避ける
- 体力面での不安がある → 激務やハードな働き方は避ける
- 真面目な性格 → ルーティンワークや正確性が求められる仕事が向いているかもしれない
「人と関わる内勤の仕事」という彼女の問いは、実はかなり具体的な方向性を示している。
例えば、金融業界でも、本部の事務企画職、コンプライアンス部門、リスク管理部門、システム部門などは、内勤中心で、かつ人と関わる要素もある。
視点転換③:「志望動機」は後付けでいい──先に「働き方」を選ぶ
A子は「志望動機が書けない」と悩んだ。
でも、考えてみてほしい。
企業は、本当に「やりたいこと」を知りたいのか?
実は、多くの企業が本当に知りたいのは、「この人はうちで長く働けるか」「組織に馴染めるか」「成果を出せるか」だ。
志望動機は、その確認のための手段にすぎない。
だから、志望動機は「後付け」でいい。
A子がやるべきは、まず「自分が続けられる働き方」を定義することだ。
彼女の場合、こうなる。
- 働き方の条件を明確にする
- 内勤中心
- 福利厚生がしっかりしている
- 長く働ける環境
- 人と関わる要素がある
- その条件を満たす企業・職種を探す
- 企業ごとに「なぜその企業でその働き方が実現できるか」を調べる
- それを志望動機として組み立てる
これなら、無理に「やりたいこと」を捻り出す必要はない。
例えば、金融機関の事務企画職を受けるなら、
「私は、正確性と継続性を重視する働き方を求めています。御社の事務企画職は、内勤中心でありながら、営業部門や顧客対応部門と連携し、組織全体を支える役割を担っていると理解しました。私の真面目で丁寧な性格を活かし、長期的に貢献したいと考えています」
これで十分だ。
「5社」は少なすぎるのか?──量より「精度」を上げる戦略
A子は「入りたい企業が5社くらい」と言った。
周りからは「もっと受けた方がいい」と言われたかもしれない。
でも、ここで問いたい。
「たくさん受ける」ことに、本当に意味があるのか?
就活では「数を打てば当たる」という考え方が蔓延している。でも、それは本当に正しいのか。
むしろ、精度を上げる方が、結果的に成功率は高まる。
A子が5社に絞ったのは、実は戦略的に正しい。
彼女は、以下のことを理解している。
- 自分の条件に合う企業を選んでいる
- 入りたくない企業を排除している
- 限られた時間とエネルギーを集中させている
これは、戦略的な「選択と集中」だ。
ここでやるべきは、5社の精度をさらに高めることだ。
- 企業研究を深掘りする
- その企業の「働き方の実態」を調べる
- OB/OG訪問をして、内勤職の実情を聞く
- 口コミサイト(OpenWork、転職会議など)で社員の声を確認する
- 志望動機をブラッシュアップする
- 「なぜその企業でなければならないか」を明確にする
- 企業の特徴(制度、文化、事業内容)と自分の条件を結びつける
- 面接対策を徹底する
- 想定質問をリストアップし、回答を準備する
- 友人や大学のキャリアセンターで模擬面接を受ける
5社を全力で攻略する方が、50社を中途半端に受けるよりも、はるかに成果が出る。
A子が取り組んだ「3つの実験」
電話の後、私はA子に3つの提案をした。
実験①:「避けたいことリスト」を作る
まず、「やりたいこと」を探すのをやめてもらった。
代わりに、「絶対にやりたくないこと」を10個書き出すことにした。
A子のリストはこうだった。
- 毎日外回り
- ノルマに追われる
- 夜遅くまで残業
- 転勤が多い
- 体力勝負の仕事
- 人前で大きな声を出す
- 不規則な生活
- 成果がすぐに求められる
- 孤独な仕事
- 将来性が不透明
このリストを見て、彼女は初めて「自分の輪郭」が見えたと言った。
「避けたいこと」を明確にすると、自動的に「向いている可能性のある仕事」が浮かび上がる。
実験②:「1社だけ、徹底的に調べる」
次に、A子が「一番入りたい」と思っている企業を1社選び、1週間かけて徹底的に調べることにした。
- 企業のIR情報、中期経営計画を読む
- 社員のインタビュー記事を探す
- OB/OG訪問を2人以上する
- 口コミサイトで実際の働き方を確認する
この過程で、A子は「この企業がどんな人を求めているか」が鮮明に見えてきたという。
そして、志望動機が「自然に」書けるようになった。
実験③:「自分の強み」を再定義する
最後に、A子に「自分の強み」を再定義してもらった。
就活では「リーダーシップ」「行動力」「コミュニケーション能力」といった派手な強みが求められると思いがちだ。
でも、A子には別の強みがあった。
- 継続力:毎日説明会に通い続けた
- 自己理解力:営業が向いていないと気づけた
- 誠実さ:自分を偽らない
- 真面目さ:企業研究を丁寧にやった
これらは、内勤職や事務企画職において、極めて重要な資質だ。
面接では、これらを「弱みのように見えるが、実は強み」として語ることにした。
6月、A子から連絡があった
「内定もらった」
彼女が選んだのは、地方銀行の本部事務企画職だった。
面接で、彼女はこう話したという。
「私は、やりたいことが明確にあるわけではありません。でも、長く続けられる環境で、丁寧に仕事をすることには自信があります。御行の事務企画職は、正確性と継続性が求められると理解しました。私の真面目さを活かせる場所だと思い、志望しました」
面接官は、彼女の正直さを評価した。
「無理に『やりたいこと』を語る学生が多い中で、あなたの誠実さが印象的だった」と言われたそうだ。
あなたへのメッセージ
もし、あなたが今、A子と同じように「泣きそう」だとしたら、伝えたいことがある。
あなたは、要領が悪いのではない。誠実すぎるだけだ。
就活は、あなたの価値を測るものではない。ただのマッチングだ。
- 「やりたいこと」がなくても、働ける
- 志望動機は後付けでいい
- 量より精度を上げる方が、結果は出る
そして、何より大切なのは、「自分を偽らないこと」だ。
A子が内定を得たのは、彼女が「正しい就活」を捨て、「自分らしい就活」を始めたからだ。
あなたも、きっと大丈夫だ。
今日から、やってみてほしいこと
- 「避けたいことリスト」を10個書く
- 一番入りたい企業を1社選び、1週間徹底的に調べる
- 「自分の強み」を再定義する(派手じゃなくていい)
焦らなくていい。あなたのペースで。